ニューヨーカーの条件  
第6回
いい加減に生きる努力。しぶとく生きよう。

気がつけば今年で在米20年になる。まさかこんなに長くなるとは思わなかった。
日本では落ちこぼれのレッテルを貼られた私は、高校卒業後、
バイク急便で留学費を貯めてアメリカに渡った。

成り上がりを目指して、とにかく大学時代は勉強した。大学卒業後は、サウスカロライナの田舎から、大志を抱いて、NYに渡る。

時は、インターネットベンチャー草創期。ヤフーやアマゾンが誕生した、1995年に私もそんな気運の中、NYで起業した。若さに任せ、勢いと気合だけでビジネスを推し進めた。

ネットバブルの追い風に乗り、最年少上場を目指し巨額の投資を集め、事業は順調に進んだ。俄かミリオネアを味わった。しかし、ネットバブルは崩壊、そして忌まわしいテロに止めを刺され夢は終わった。巨額の借金を抱えて、従業員も信用も失い、何よりも自分自身である自信を失った。生きている意味を感じなくなった。

今だから言えるが、このアメ★ドリ創刊直後も、6ヶ月の家賃を払えず事務所は強制退去。社員は解散。ビジネスホームレスになってしまった。冗談にならないが、アメ★ドリが主催する異業種交流会は、毎回私の送別会だと思って泣く泣く開催していたのだ。

私の恩人は言う「人生は七転び八起き。首の皮一枚繋がっていれば何とかなる。」と。

最悪の状況は4年半続き、そのあとのリハビリにも1年かかった。長い鬱ともやっと別れを告げられた。NYで生き残る条件は何か―。私は「しぶとく生きる」としか言いようがない。つらい時、何度も投げ出そうとした。しかし、日本へ帰りたいとはなぜか思わなかった。

こう言う時は、頑張ろうと思えば、余計につらくなる。だからいい加減に生きる努力をした。
私は、もしセカンドチャンスが与えられてもしまた立ち直ることができたら今度は「ライフスタイル」を大切にする。人に迎合することなく自分自身に素直に生きる。例えそれがお金になるようなことでも、自分では気に入らないと思ったことはしない。自分の魂に素直に生きると決めたのだ。継続していればなんとかなるものだ。と思う今日この頃である。
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by amedorinewyork | 2008-06-19 01:04 | ニューヨーカーの条件

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