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「これから私が話すことに賛成でも反対でもどちらでもいい。自分はどう思うかをよく考えてほしい。それが大切である」。アメリカ商務省職員が、日本の学生向けに開催した日米関係に関する講義の冒頭の一言だ。

私は暗記をする勉強が大嫌いだった。そのおかげで日本では落ちこぼれの烙印を押されていた。英語を勉強するときも、あえて単語を暗記するのを避けていた。そのため、成績にばらつきがあったのは否めない。単語を暗記するのではなく、一度見たものはストーリーで覚えるように努力をした。そんな私がアメリカの大学で国際政治を勉強していた時、ある決意をした。それは、成績はAを目指すのではなく、あえてBをとるということだ。折角アメリカまできて勉強できる機会を得たのだから、試験の時だけは暗記力で覚え、試験が終わるとすべて忘れてしまうような実際には役に立たない勉強をしたくなかったという理由もある。社会にでてすぐに即戦力になるように、しっかりと色々なことを学んでおきたい。社会人になれば目の前の忙しさに追われ勉強できなくなる。自分で貯めた貴重な学費と時間を無駄には使いたくないという気持ちも強かった。そこで考えたのが、Bをとってもいいから自分の納得する勉強をするというスタンスだ。このような勉強法が社会人になってから大いに役立っている。

例えば日本で歴史を勉強する場合、18XX年に何々が起こったという事柄に対して、どうしても18XX年という年号を一生懸命覚えてしまう。これは少なからず詰め込み教育というものの弊害だろう。アメリカで学んだ時は、自分で理解してそのことを人前で話せるくらいにならなくてはいけないと思っていた。そういう意味では日本のゆとり教育が本来目指していた、自分で考える人間を作るという方針は正しかったのかもしれない。比較的アジア圏の留学生は優秀だったので、留学生仲間がオールAをとっていく中で、私はそこまで優等生ではなかった。しかし試験の前は同級生を前に教科書の内容を教えることができたのだ。クラスメートを集めて試験範囲を講義しているうちにディスカッション能力もついた。教科書以外の物事にも興味を持ち、様々な書物を読みさり、脱線してしまうことがしばしばあった。その結果、教えてあげた同級生はAをとり私はBになることが多かった。成績だけみれば他の留学生より低かったが、内容を理解する努力をしてきたから人にレクチャーができる。卒業後も成績優秀だった留学生たちよりアメリカのビジネス社会では少なからず活躍できている。
見聞きしたままに受け取るのではなく、客観的に、自分なりに分析して理解すれば知識の血肉となる。そういうものは大人になっても覚えているものだ。今思うと、大学時代からそのように考える癖をつけることが実は一番大切なことだった。この講師の話を聞いてそう思い出したのだ。

また局部を理解するのではなく、全体像を俯瞰して学ぶようにしている。局部だけを見るとどうしても内容の理解には至らず、暗記になってしまう。主観的に「心」で考える日本人と、客観的で「頭」で考える欧米人との違いであろうか。日本人は欧米人に比べると論理的に考える力が弱いと言われがちだ。必要となる要素は客観的な情報把握とその分析力。情報の全体像と背景情報を理解することも重要である。主観的な姿勢をとる日本人は欧米人に比べると客観的な状況把握能力が欠けているといわれる。論理思考を身につけることで、さらにコミュニケーション力や問題解決力などの育成になっていくのではないだろうか。

長年のアメリカ生活で知らず知らずに覚えてきたことは、このようないわゆるクリティカルシンキング。AをとることよりもBでもいい。自分で学んだことを他人にストーリーとして話せるようになるのが大切だ。自分で考え理解すること。事象だけを暗記をしても何の役にも立たない。役にたたないような暗記をしてAをとるくらいであれば実学になるBをとる覚悟も必要ではないだろうか。冒頭の講義を聞いて今更ながら実感したことである。

by amedorinewyork | 2012-12-01 07:29 | ニューヨーカーの条件

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