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高知県立坂本龍馬記念館だより「飛騰」に寄稿しました。


コラム・龍馬のこと
「巡り巡って龍馬がNYへ」


 気がつけばアメリカに渡って24年。日本ではいわゆる落ちこぼれのレッテルをはられ、高校を卒業後、日本を飛び出して「ビッグになる」と意気込んでアメリカに渡った。坂本龍馬との出会いは、その留学先で『竜馬がゆく』を読んだことだった。

 私心を持たず自由人である龍馬に憧れを抱いた。アメリカの大学の寮には日本から送ってもらった龍馬のポスターを貼ったほどだった。私がいたのはサウスカロライナというアメリカ南部の田舎町。当時南部地区ではまだ人種差別があり、アジア人はオリエンタル人と言われ差別をされていた。白人というだけでなぜ偉いのか、アメリカ人に負けてたまるかと龍馬のポスターを眺めていた頃を懐かしく思い出す。

 当初は国際政治の舞台に憧れ、大学を卒業後は外交機関に就職をしようと思っていた。しかし、このまま外交官を目指すよりもっと自由な世界を駆け巡りたいと思い、NYの出版社に就職。1年後、アメリカではアマゾンやヤフーが産声をあげ、いわゆるネットベンチャーの黎明期が始まった。その機運の中、私もNYで起業。事業は順調に行き、数億円の投資金を元手に史上最年少上場に王手をかけた。しかし、9・11同時多発テロがとどめとなり会社を潰してしまった。奇しくも33歳で暗殺された龍馬と同い年だった。

 昨夏、高知に初めて足を踏み入れた。こんなに遠くから龍馬はアメリカに思いを馳せたのかと感慨にふける。その後私は約10年かけて復活した。気がつけばこの間、たくさんの人々に助けられた。そして、これからはNYで頑張る日本人を応援したいと思うようになった。NYには10万人近い日本人が滞在しているが、その日本人同士での交流は極めて希薄。当時、日本人の間では富裕な駐在員と現地に渡った私のような日本人との間には差別的なものがあった。NYにいる日本人が屈託なく助け合える場を作りたいと始めたのがNY異業種交流会。昨年の9月でテロからちょうど10年目に100回を迎え、念願であったNY日本人会館(JaNet会館)を5番街に構えることができた。そんな折に、今回の龍馬NYイベントが降って湧いてきた偶然に不思議な縁とタイミングを感じずにはいられない。願わくは、龍馬のような人材をここNYから輩出できるよう邁進したい。

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by amedorinewyork | 2012-04-28 01:18 | 著書より抜粋

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