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ニューヨーカーの条件 
第29回 日本人のサガ


深夜二時、多くの日本人が固唾を呑んでテレビ画面を見つめていた。

 二〇〇九年一月二〇日、黒人初のアメリカ大統領が誕生した。
なぜアメリカ大統領の就任を日本人が食い入るように見ているのか。
まるで自国の首相が誕生するかのように。

翌日から連日連夜のオバマ報道が始まった。
就任演説はもちろん、オバマ氏の一挙一動から、ミシェル婦人のファッションチェックまで、
日本人は何から何まで知っている。ある評論家が言った。

 「夜中に起きて米国大統領の就任式を見るのは異常。
アメリカに対して精神の奴隷になっている」。

本当にそうなのか?

 こんな話を聞いたことがある。

時は幕末。一八五三年ペリー来航。黒船が港に着いた時、帆船しか知らない
日本人は巨大な蒸気船に驚愕した。
ペリーは日本に来る前に中国、インドなどのアジア諸国に寄港していた。
その度に船中に国の代表を呼び入れ案内した。

各国の代表はあまりの衝撃に言葉を失った。
どの国の人も、とてもかなわないと屈服していった。
艦内を見せたのはそれが狙いであった。
そして最後に寄港したのが極東日本。
幕僚がペリーに呼ばれて船内に入った。

 その時の日本人の反応は米国側の文献に克明に記録されている。
日本人は怖気づくどころか、巨大なタービンを目の前に、食い入る眼差しで紙と筆を取り出した。
そして詳細に写生を始めた。

ちょんまげに刀をさげた野蛮人だと日本人を見下していたアメリカ人は、
少し拍子抜けした。

そして慌てて次の部屋に連れて行こうとするが、まだ写生が終っていないと動かない。
そして「これはなんで動いているんだ」、
「蒸気とは何だ」と質問攻め。いちいち納得するまで確認し続けた。

当時の日本人は西洋人とその文化に対し異常なまでの興味を持っていた。
隙あらば筆を取りだして海外からやって来た摩訶不思議な品々のスケッチにいそしんだ。

ペリー来航後も、宇和島藩がオランダ語の専門書を翻訳させ、黒船に似た船を取り寄せ、
研究と試行錯誤の末、わずか三年後、蒸気船を完成させた。

他のアジア諸国は未知のものを目の前にして簡単に屈したが、日本人だけは違った。
「こりゃあすごい!俺たちも作ろう」という力強い発想力だった。

この様子は現代の、テレビ画面を食い入るように見つめる日本人と通じる所が無いだろうか。
長らく日本を離れていると、日本にいた時には分からなかった日本の良さに気がつく。

ゴシップ大好き、海外の情報大好き、ミシェル婦人のドレスの値段まで気になってしまう。
一見軽薄で無責任な野次馬根性だが、久しぶりに帰国してそれらを見た私は、
何か微笑ましく懐かしい印象を持った。
実はこれこそが日本人のDNAではないか。
日本が発展してきたのは、この異常なまでの好奇心のおかげでもある。

 オバマフィーバーに対する日本人の好奇心は、単にアメリカ崇拝から来るものではない。
ふと目が行ってしまう。
興味を持ってしまう。それが日本人のサガなのだ。
その裏には目新しいものを観察し、何かに利用できないか、新しい発想を盗めないかという、
蒸気船を目の前にした幕末の日本人の精神が見え隠れする。

このミーハー根性は決して恥ずべきものではない。
むしろ大いに発揮して、そこからアイディアを盗み、持ち前の発想力と吸収力を発揮すべきだ。
その重箱の隅をつつくような情報に対する貪欲さが、この日本の不景気を吹き飛ばす発想へ
とつながるかもしれない。

初出:月刊アメリカン★ドリーム 2010年4月号

by amedorinewyork | 2010-04-04 12:53 | ニューヨーカーの条件

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