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アメ★ドリサイト一部引越しのため、こちらに掲載しました。


創刊1周年ではこんなことを書いてました。



創刊1周年 
よく『なぜアメ★ドリを創刊したのか?』を聞かれる
2003年9月1日号


15年前に僕は夢を求めて海を渡った。
日本では落ちこぼれの烙印を押されリベンジを誓ってのことだ。

寝ずにバイク便でお金を稼ぎ全く英語も話すことができなかった。
サウスカロライナ大学を卒業し、手持ちのわずかな資金で95年に独立起業をはたした。
当時二六歳。若さにまかせて勢いに任せてがんばった。

いくつかのアイディアもあたり数億になる巨額の投資を集め、ビジネスは順風満帆だった。
しかし、2000年の暮れよりITバブルの崩壊してから雲行きがおかしくなった。
そして、9.11にとどめをさされた。多大の負債を残し、たくさんの方々に迷惑をかけてしまった。
僕にとっては負債よりも精神的なダメージの方が大きかった。
一生懸命に築いてきたものが一瞬にして消えていく。
破壊は一瞬であった。

自分自身を見つめるためにアメリカ大陸横断の旅にもでた。
成功の証だった高級車は事務所の家賃に消えた。取引先も冷たくなり、
自己破産まで考えた。

踏みとどまれたのは、ニューヨークで出会った人たちのお陰だ。
同じように夢を持ってアメリカに渡り、自力でビジネスを切り開いてきた「新日系人」たちが、
テロの混乱の中、奮闘をしていた。
マンハッタンは死なないを復興の合言葉に結束を固めて頑張った。

前置きが長くなったが、そんな中アメ★ドリの創刊を誓った。
NYのために何かがしたい。NYに住む日本人のために何かがしたい。
頑張る日本人を応援したい。商業的なフリーペーパーが乱雑するなかで、
日系コミュニティーの情報交換の場、ひときわ「人」に焦点をあてた。

また、次の災難があったときに助け合いたい。役にたちたい。
僕の拙著「グラウンド・ゼロ(扶桑社刊)」にも書いたが、あの9・11の時、
日系コミュニティーとして災害に関して新日系人(現地に住む日本人)としてなすすべがなかった。
アメ★ドリ主催の異業種交流会もそんななか発足をした。

最後になるが、こんなわがままな弊誌をここまで支えてくれた広告スポンサーへ心からお礼をいいたい。
フリーペーパーはスポンサー企業でなりたっています。
また、いつ倒産してもおかしくなかった当社を支えてくえた社員、インターン生に感謝をしたい。ありがとう。

これからもアメ★ドリは日系コミュニティー活性化のため、
頑張る日本人を応援できるフリーペーパーとしてがんばります。

by amedorinewyork | 2010-01-13 09:28 | 月刊 アメ★ドリ

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