前後してしまいますが、雑誌連載分です。


被災地からのレポート 2 
文・写真 板越ジョージ


確実に被災地へ届けたい
私が9・11をきっかけにNYで発起したNPO法人JaNetに多額の義援金が集まった。今回はその一部を救援物資にかえて直接被災地へ届けることを決めた。JaNet理事会では私のその思いを温かく受け入れくれた。

今回のこの行動は、私が9・11で被災をした際の苦い経験から来ている。当時NYでは、ワールドトレードセンターの爆破で直接被害を受けなくとも、その数週間後から、数ヶ月にわたってNYの経済は疲弊した。実業家である私はそれをもろにくらった。そして会社は倒産に追い込まれ、数億の借金を背おうことになった。当時NYは危険だからと、NYへの投資はひかれ、物流も一時的に止まった。また観光地であるこの場所に人々は足を運ばなくなった。

長期的な精神的サポートが必要
実はこうした行動が特に酷かったのは日本人であったと言われている。拙著「グランドゼロ」にも書いたが、日本人観光客やビジネスマンはNY行きを軒並みキャンセルした。その理由としては、こんな時にNYに行くのは悪いというような日本人独特の遠慮があったようだ。イギリス人などヨーロッパの人々はこういう時だからこそとNYに観光に訪れ、お金を落として行った。日本人がなかなか戻ってこなかった事にイギリス人観光客が驚いていたのを覚えている。日本は今まさに同じ状況にあり、同じような遠慮がさらに日本を苦しめている。例えば、福島のラーメンで有名な観光スポットである喜多方には風評被害によって観光客が訪れない。直接的な被害がなくとも、今後はこのように経済的な間接被害が及ぶだろう。メディアなどでは叫ばれ始めたが、経済を活性化させることに意欲を燃やすような意識改革が必要だろう。

また、当時ニューヨーク市では市民の20%がなんらかの精神的ストレス病のPTSD(心的外傷後ストレス障害)などをおったという。ずいぶん大げさな数字だと当時は思っていたが、今思うと確かにあの頃のニューヨーカーは皆病んでいたと思う。現在でも、9・11の際に精神的にダメージを受け、いまだに症状が出る人を援助する内容の広告を地下鉄などで目にする程だ。そのことを考えると、かなりの長期的な精神的サポートも必要となってくるだろう。

義援金の使い道のセンス
9・11当時、日系コミュニティでも大企業を中心に多くの義援金が集まったようだ。そのお金は赤十字軍などにまる投げされたのを覚えている。地元日系新聞で寄付金を贈呈している写真がたいそうに写っていたのを思い出すと今でも吐き気がする。身近で同胞がこんなに困っているのを傍目に。日本で給料を保証されているのであれば、寄付する金があるのであれば、地元の小企業に支払う広告費や経費をカットするのはやめて欲しい。レストランでの外食を自粛するのをやめて欲しい。地元の日系中小企業の経済の振興に率先して役立って欲しいと思ったのだ。そのときの思いから、義援金の使い道のセンスというものに意識を持つようになった。あれから10年が経ち、私も地元の大きな日系組織を主宰する立場になった。私はお金を集めるだけが自分の仕事だとは思っていない。それをきちっと今必要なところに届けるところまでが私にできる大切な仕事だと思っている。

9・11、そして10年後の3・11という日は近代世紀の転換期としてこれからも歴史に残るだろう。風化させてはいけない、長期的な支援が必要だ。そのおもいで始めたのがNY異業種交流会。そして、NPO法人JaNetへ続く。あれから10年近く経つが、どんなことがあっても一度も中止することなく、毎月異業種交流会を開催している。いまさら9・11としつこいといわれても私は継続的に、この災難の教訓を忘れないという意味で続けている。それが継続的な支援だと思うからだ。

責任の重圧
さて一度目の被災地訪問では、3月22日に個人的に集めた物資を石巻市に届けた。被災後間もない頃だったので、何もっていっても喜ばれたのだろう。すべて自腹での行動だったの自らの責任のある行動で許される部分もあった。しかし今回はニューヨークの仲間から集めた貴重なお金だ。みんなの善意の責任の重圧を感じ、3週間正直すごく悩み苦しんだ。こんなに悩むのであれば言い出すのではなかったと。

どこへ何を持っていくべきか。ツイッターなどのソーシャルメディアを使って情報を拡散し、情報収集をした。その結果、地元の代議士、有力者、NPOの方々と連携を取れることとなった。しかし必要な物資は日々変わってゆく。震災直後は日本に滞在していたものの、その後2週間ニューヨークにいたので温度差にずれはないか心配だった。そして情報を集めているうちに、地元でも縄張り争いや利権争いがでてきているのではないかと思い始めた。市長と地元との利権争いなどを聞く。物資も集まっているところはあまるほど集まっているということで物資の受け入れを中止しているところもあるようだ。

商品選定の苦労 サンタクロースになったつもりで
2回目の被災地訪問を4月20日に決定する。ぎりぎりまで何の物資を持っていくか迷ったが、東京に到着する4月15日までに決めることにした。しかし、いざ物資を購入しようと大型量販店などのネットサービスを見たが、欲しいような商品は軒並み売切れていた。購入できたとしても数量に限りがある。また通常では即日出荷を売りにしている所でも震災の影響ということで5日以上はかかる為、出発に間に合わなくなってしまう。また購入が殺到しているようで、思うようにサイトも動かない。結局どこかで商品を一括買いすることはあきらめ、都内のあちこちで数万円づつの物資を購入した。これには正直苦労した。人目も気になった。買いだめをしているようでヒンシュクをかっているように感じたからだ。また、本来商売人であれば卸売りなどからいかに安く商品を仕入れるかがキーになってくるのだが、今回は経済活動もニューヨークのお金(外貨)を日本国内で消費することも大切だと思い、普通の町の小売店で買うことも社会貢献だと考えることにした。

物資の情報はいろいろ集まったが、結局、情報に錯綜されるのはやめようと思った。JaNetは夢を応援する団体。自分が海外にいて無性に食べたくなるような気の利いたレトルト食品などを購入した。復興に向けて子供たちが必要だと思われるものなど、サンタクロースになったつもりで被災者に喜んでもらえるようなものを。持っていった物資は、子供向けの文具(消しゴム、鉛筆、鉛筆削り、セロハンテープなど)、キャラクターおもちゃ折り紙、オムツ、おしりふき、スポーツ用アンダーウエアー上下、タオル、レトルト食品(パックご飯、おかゆ、各種味噌汁、カップ麺、子供向けカップ麺、カレー、アンパンマンカレー、各種スープ、牛丼、親子丼など)、歯磨き粉、サランラップ、ドッグフード、マフラー等。

流れてくるラジオから笑い声も
4月19日、レンタルした大型バンに夜中までかかってなんとか救援物資を車に詰め込む。4月20日、東京四つ木から首都高速に乗り、一路東北自動車道へ。1ヶ月前と違い一般車が往路できるので物々しさはなく、また天気もよく、桜もきれいに咲いていた。平和な空気を感じた。流れてくるラジオから笑い声も聞こえた。なんとか平常に戻そうとしている雰囲気を感じる。しかし流されている情報はとてもリアルで、被災地であることを実感する。特にリスナーからの手紙は東京では聞こえてこない生の声だった。今回の車は前回の乗用車と違い車高も高いため、段差があるたびに大きく揺れる。はじめは車のせいかと思ったが、あちらこちらで道路工事。地震のせいなのか、東北自動車道は段差がすごく多く、車が揺れまくった。

1ヶ月前の東北自動車道は緊急車両のみ通していたが今は誰でも通れる。1か月前に給油した国見SAのガソリンスタンドでは、当時上限3000円までのガソリンを給油することができた。ほとんどのガソリンスタンドが閉鎖する中とても助かった。高速道路以外の場所では、ほんの一部開業している所はあったが、ものすごい列だったのを記憶する。

国見のスタンドマンに話しかけると「福島はだいぶ大丈夫です。この先の宮城はまだ困っているようです」とのことだった。今回初めて地元の方と情報交換ができた。そして、まずは前回行ったところを再度訪問したいと思い、仙台の先の泉ICを目指した。

倒壊していたコンビニは更地になっていた
天気はよいものの宮城の温度は7度と春とは思えない寒さ。昨日はみぞれも降ったようだ。東北自動車道を下車すると大きな国道。先月はロードサイドのお店はすべてしまっていたが、今回は地震でやられていないところはオープンしていたことに心が弾んだ。復興の早さを感じ、東北の方々のたくましさを嬉しく思った。ガソリンスタンドもすべて開店していたので、ガソリンの苦労はなさそうである。1ヶ月前の状況との比較をしたいと思い、カーナビを前回訪れた塩釜市に設定。そして、松島、東松島、石巻を目指すことにした。

国道を数十分走ると、瓦礫の山であった塩釜の地震地域では、一部倒壊していた家などがあったが、すっかり平常に戻っていた。しかし沿岸部の本塩釜に入ると、依然同様信号機は消え、瓦礫の山。倒壊していたコンビニは更地になっていた。そして、津波の影響のひどい石巻は相変わらず一面が瓦礫の山。壊滅状態。1ヶ月経ち、さびが激しく、町がまるで赤ずんできたように感じる。また冠水もしていて、迂回するところも多かった。ここは状況は変わっていない。

山積みになった救援物資 
前回救援物資を届けた石巻高校の避難所を目指す。今回は、地元の方のボランティアの方々よりも沖縄や宮崎などのワッペンをつけている地方からのボランティアの方たちが多いのが印象的だった。救援物資を届けたいとの旨を伝えると、もう各避難地での物資は受け入れてはなく、一括した場所に届けるようであった。避難所である体育館に行ってみると確かに、入り口には各県から集まった救援物資が山のようにあった。こんなにカップラーメンがあっても確かに食べ飽きてしまうだろう。健康にもよくないと思う。ゴミ箱を見ると、それ以外にメーカーからの供給なのか、栄養ドリンクの空瓶やビールの空き缶などがたくさんあった。何となく殺伐としたものを感じる。この怒りのやり場のない状況で、避難地では喧嘩もたえないと聞いた。

朝9時に出発したが、ここに到着したときは午後6時前。あたりはすっかり暗くなってきた。先は長いのでとりあえず今晩いける限り移動しようと三陸自動車道へいく。これが最悪の決断だったのか。

続く

初出:月刊「アメリカン★ドリーム」2011年5月号

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by amedorinewyork | 2011-04-30 00:51 | 3・11東北関東大震災

昼間の気温は9度でしたが、夜は氷点下。真冬のようです。

さらにハンドルを握り、気仙沼から30キロくらいのところで
やっとコンビニやファミリーレストランなどがある町らしい場所に到着。

光がある。食べ物がある。いつものあたりまえの見慣れた光景ですが、
なんか感動してしまいました。。

宮城県登米市というところでした。

もしかすると、食料がこの先、手に入らないのではと思い、
コンビニでおにぎりやパンを買いました。

朝から何も食べていなかったので、いつものおにぎりがとてもおいしく感じました。

街中をぐるぐるとドライブしましたが、結局宿は見つからず、
今晩は車中泊を決めました。

佐沼でちょうどいいサイズで安全そうな駐車場のあるスーパーを発見。
自販機が3台あり、とても明るかったので、その前に駐車を決めました。

念のために多めに持ってきたダンボールでバックシートのまわりを囲みました。
クッションと保温効果がきいて、思いのほか快適な寝床に。

この寒さの中で車中で寝られるかと心配でしたが、今日は10時間以上は走ったので、
あっという間に爆睡できました(笑)

明日は、陸前高田を目指します。

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by amedorinewyork | 2011-04-28 23:29 | 3・11東北関東大震災

三陸自動車道を北上。
石巻市を横断するうちに、津波の被害なのか、あたりは真っ暗になってきました。
不気味なぐらいな満月。見たこともないほど大量の星が輝いています。

三陸自動車道を経て、45号の東浜街道。

沿岸部は恐ろしいので走りたくないと思いましたが、
山道を走っていると南三陸町の看板が。

えええええ。。。。

道路は真っ暗。
津波の被害があったので、道のあちらこちらがめくりあがっています。

すれ違う車もほとんどなく、四方はみたこともない瓦礫の山。
何かが襲ってくるような恐怖心。

キーンと音が聞こえてくるほど静か過ぎる道。

まるで地獄を走っているようです。
今までの人生で一番怖い体験でした。

不謹慎かもしれないですが、
浮遊霊が飛び回っていてもおかしくないなどという考えが浮かびます。

冠水しているところもあり、瓦礫の山を迂回させられたり、
やむを得ず水の中をつっこまなくてはいけません。

万一、ここでエンストや脱輪などしても
朝までは誰も助けには来てもらえないでしょう。
瓦礫の山のなかでの宿泊となります。

引き返したくとも道はなく、とうとう気仙沼に到着。

この辺りに泊まるのは危険なので、398号で内陸部へ。

午後8時半。

10キロくらい走ると「癒しの場」という看板を発見。

やっと食事と宿をとれるかと期待しつつ中にはいると、
それは岩盤浴専門店でした。

こんな時期に営業!?と思いましたが、
やはり地元民にとっては本当に癒しの場なんでしょう。

店主にこのあたりに宿や食事できるところはないかと
たずねると23キロ先に町があるとのこと。

あたりは真っ暗。何も見えない。

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by amedorinewyork | 2011-04-27 10:11 | 3・11東北関東大震災

宮城の温度は7度と春とは思えない寒さ。

昨日はみぞれも降ったようです。

東北自動車道を泉ICで下車しました。

そこから、ナビを塩釜に設定。

塩釜、松島、東松島、石巻を目指しました。
先月通りに行ってみようと思います。

ICを下車すると大きな国道。

先月はロードサイドのお店はすべてしまっていましたが、
今回は地震でやられていないところはオープンしていました。
復興の早さを感じます。

ガソリンスタンドもすべて開店していたので、ガソリンの苦労は
なさそうです。

瓦礫の山であった塩釜の地震地域では、一部倒壊していた家など
がありましたが、すっかり平常に戻っています。

しかし沿岸部の本塩釜に入ると、依然同様信号機は消え、瓦礫の山。
倒壊していたコンビニは更地になっていました。

石巻は相変わらず一面が瓦礫の山。
1ヶ月経ち、さびが激しく、町がまるで赤ずんできたように感じます。
また冠水もしていて、迂回するところも多かったです。

前回救援物資を届けた石巻高校の避難所へ行きました。

今回は、地元の方のボランティアよりも
沖縄や宮崎県などのワッペンをつけている
地方からのボランティアの方たちが多いのが印象的でした。

朝9時に出発しましたが、ここに到着したときは午後6時前。

あたりはすっかり暗くなってきているので、先は長いので
とりあえず三陸を目指そうと三陸自動車道へ。

これが最悪の決断だったのか。。。


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by amedorinewyork | 2011-04-25 08:19 | 3・11東北関東大震災

まずは前回行ったところを再度訪問したいと思い、
東北自動車道で仙台の先の泉ICを目指しました。

1ヶ月前と違い一般車が往路できるので物々しさはなく、
また天気もよく桜もきれいに咲いていたので、とても平和な感じです。

流れてくるラジオからも笑い声も聞こえてきているので、
なんとか平常に戻そうとしている雰囲気を感じました。

しかし情報はとてもリアルなので、被災地だなと実感します。
特に、リスナーからのお手紙は東京では聞こえてこない声だと
思いました。

今回の車は前回の乗用車と違い車高も高いので、段差があるたびに
大きく揺れます。

地震のせいなのか、東北自動車道は段差がすごく多く、
車が揺れまくりです。。

道路のあちこちで補修工事もされています。

つづく
(今、ドライブインなのでまた後で写真をアップします)



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by amedorinewyork | 2011-04-22 13:28 | 3・11東北関東大震災

昨晩は、夜中までかかりましたが、なんとか救援物資を車に
詰め込みました。

結局、どこかで商品を一括買いをすることは品不足や配送時間の問題もあり、
都内のあちこちで数万円づつの物資を購入しました。

物資は、あらゆるところから情報をもらいました。

結果、復興に向けて子供たちが必要そうなものや、
自分が海外にいて無性に食べたくなるようなレトルト食品などを
購入しました。

子供向けの文具(消しゴム、鉛筆、鉛筆削り、セロハンテープなど)、おもちゃ折り紙、オムツ、おしりふき、アンダーウエアー上下、タオル、レトルト食品(ご飯、味噌汁、カップ麺、カレー、スープ、牛丼、親子丼など)、歯磨き粉、サランラップ、ドッグフード、タオル、マフラー等。

現在、福島県の国見SAです。
先月もここでネットが繋がりました。

道中、桜がとてもきれいでした。

1ヶ月でここまで回復したんだなと感心しています。

1か月前もここで給油。当時は、上限3000円まで、
列をなして給油をしました。
スタンドマンに話しかけると「福島はだいぶ大丈夫です。この先の宮城はまだ困っているようです」
とのことでした。

今日は、頑張って岩手まで行こうと思っています。

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by amedorinewyork | 2011-04-20 15:15 | 3・11東北関東大震災

東京行きのストップオーバーを利用して、
現在ソウルに来ています。

来週から被災地訪問ということで、
たくさんのメールを頂いております。

なかなか消化できずに返信が遅れて
申し訳ございません。

いましばし、返答お待ちください。
ごめんなさい。

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by amedorinewyork | 2011-04-14 15:39 | クオリティオブライフ(日々)

友人から頂いたメールを許可を得てブログに随時アップします。

「これがトラウマというものなのかと初めて思った」

(NY在住:会社役員)

「地獄絵」という言葉に、現場の生々しさと痛々しさが篭もって伝わってきまいた。
所詮、NYにいる我々は、TVの画面に切り取られた絵、悲劇も美談も、
製作側の意図のフィルターを通してしか感じることができません。

それでも心を痛める惨状を、目の当たりにされたジョージさんの衝撃は
きっと想像を絶するでしょう。

僕は地震の時、東京の新宿にいました。

阪神大震災の時、京都におり、震度5を経験していましたが、
金曜の大都会の昼下がり、人々と車でひしめき合う新宿駅前は騒然とし、
駅構内から人が溢れ出て、
電気店、アパレル、銀行、本屋、レストランなどは全て4時pm前にクローズ、
ネットカフェと公衆電話には行列が続き、街は四方八方の歩道を埋める黒だかりの人の群れと
渋滞の車で、異質な熱気を帯びていました。

あれだけの人がいる東京では、人の気の集合体が街の色を作っていると思いますが、
さらに現在のような余震、計画停電、品不足に放射能汚染が加わった状況では、
人の念はどんどんネガティブに振れ、負の気が街を、日本を覆っているような気がします。
1千2百万~2千万の関東エリアの人々が全て安全な場所にEvacutateする事は到底不可能でしょう。

最悪の天災と最悪の人災が重なってしまったこの状況で、
どうしたら安全、安心な生活を取り戻せるのか、
どうしたら明るい未来を描く事ができるのか、
国として、一日も早い「復興案」を示してもらえることを強く願っています。

「夜と霧」ではありませんが、今、必要なのは、きっとそういう「明るい未来を描ける事」なんだと思います。

ほんの数日、東京で震災を経験しただけでも、僕はまだ、NYにいても、
エレベーターが動き出した時やトラックがそばを通った時などの「揺れ」に
一瞬、恐怖を感じます。これがトラウマというものなのかと初めて思います。

おそらく、被災地の方々はもっと深いトラウマに悩まされておられる事だと思います。
今は食事や医薬品、生活必需品が先でしょうが、その先、長い年月に渡り、
そういう心のケアを続ける体制が日本に作られることも願っています。

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by amedorinewyork | 2011-04-12 05:58 | 3・11東北関東大震災

友人から頂いたメールを許可を得てブログに随時アップします。

「もっと早く行くべきだった」

(埼玉在住:メーカー勤務 会社員)  4月6日、9日


私は先週土日被災地に行ってきました。
板越さんのコメントのように、正に地獄絵とはこのようなものか
と思われるくらいひどいありさまでした。

訪れた先は
仙台空港周辺、奥松島、南三陸町です。
声は全くでないが、涙はあふれてくる現場でした。

高速閉鎖だから、ガソリン不足だから、救援のプロに任せるべき
アマチュアは行ってもじゃまになる、義援金が最良・・・
などは自分に対する非行動の言い訳でしかなかったことが、
現場に到着してわかりました。
もっと早く行くべきであった!


    ・・・・・・・・・・・・・・

TSUNAMIの恐ろしさを目の当たりのして
先週は気がめいってしまい、落ち着くまでに
少し時間が必要でした。

気持ちが落ち着いてきたので、今週も行く予定です。
今度は小さな避難所が目標です。

私は小3の時に、新潟地震(1964年、東京オリンピックの年)
を経験して、地震には敏感です。


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by amedorinewyork | 2011-04-11 01:46 | 3・11東北関東大震災

不幸自慢をする気はないが、
初めて泣けた。

比較対象にはならないが9・11のときに同じ気分だった。


私も7年間、鬱(PTSD)に苦しんだ。
家は流されなかったが、財産とプライドをすべてとられた。。。

           ・・・・・・・・・

頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。


頑張ろう、頑張ろうって言うけど、

家が流されたんだよ?



と、福島の兄に電話したら、言われました。



おまえ、ちゃんと分かってるの?

超つらいとき、「とりあえず帰りたい、もう帰りたい」っていう、

あの帰る家がね、全部流されたんだよ。

俺、もう、家ないの。

明日も頑張ろう!って決意するような場所がね、ないわけ。

今日も疲れた―!ってドア開けてホッとするような所がね、

全員、一瞬にして、心の準備もなく、いきなり11日から消えたわけ。

おまえ、家ないのに頑張れる?

服も漫画も、化粧道具も、アルバムも、大事にしてたもんも、全部いっきに無い。

よし、頑張ろう!って思える?

すげぇ言われてるんだけど、CMとかで、頑張れ頑張れとか。

ちょっと気を許すと、「一緒に頑張ろう!1人じゃない!」とか言うわけ。

いや、おまえら家あるじゃん?そのCM撮ったら家帰ってるじゃんって。

仕事もあるじゃんって。

おれ、船、なくなったんだぞって。

多分、漁師はもうできないと思ってる。

もう、なーーーんもない。

どう考えたら、今、頑張れるんだよ。

ちょっとでも頑張れる何かが、今、俺たちにあるのか?

「いや、今はこっちで頑張るから、おまえらは1年ハワイでゆっくりしてきな」

とか言われたい。

「おまえらが帰ってくるまでに片づけとくから。家も建てとくから」

とか言われたい。そしたら、俺だって頑張るよ。

毎晩、うなされるし、夜いつまでも眠れない。

流された人を何人も見た。

顔見知りも流された。

その頭にある映像を何回も思い出す。

そのたび、津波がこうくるって分かってたら、あの人を助けられたかも、とか。

時間が戻せたら、隣のおばあちゃんちに寄ってあげたかった、とか。

1人でも助けて英雄みたくなったら、まだやる気が起きたかな、とか。

俺、1人で逃げてきたわけ。

誰も助けなかった。おばちゃんとか、何人も追い抜いて逃げた。重そうなもの持ってる人とかもいたのに。

もう100万回くらい、100通りくらい後悔している。

4日目にやっと町に行っていいと言われて、

どっから手をつけていいかわからないどころか、

いっそもう何もしたくなくなるような町だった場所を見て、

ここを復興だなんて、微塵も思えない。今も。

蓋をしたい。見たくない。

町を見ると、死にたくなる。

自分の人生は、もう終わったなって思うよ。

こっからは、もう、どう頑張っても金持ちにもなれないだろうし、

家だって、もう、二度と持てる気がしない。

何も希望なんかないよ。

そんな俺たちがさ、避難所で、CMでアイドルや俳優を見てさ、

「一緒だよ、1人じゃない」とか言われるたびに、

ああ、あの世界は自分たちとは、もう全然違ってしまったんだと思う。

家がある人の言葉だなーと。安定してるなーと。

そんなCMとかして充実もしてんだろうなーと。

家が流されてなくてさ、帰る場所があって、仕事があって、

地に足が付いてる人が、すげぇ神妙な顔で、お洒落な服で、こっち見て何か言ってるな、と。

おまえに言われたくないと。ほんとに。何も言わないでほしい。

大丈夫なわけがない。

おまえらに大丈夫だよ、とか言われても、大丈夫なわけがない。

どう見たら、この状況が大丈夫になるのか、胸倉つかんで聞いてやりたい。

でも、怒る元気もない。やる気もない。

ボランティアや取材のやつらも来て、色々写真とか撮って、

「実際みると、テレビとかとは全然違いますね」とか言ってて、

数日たったら「元気出して頑張って!」とか言って、

自分たちの家に帰っていく。

正直、復興なんてクソ喰らえだと思うよ。



「何か、できることある?」

何を言っていいかわかんなくなって、兄に泣きながら聞いたら、

「正直、不幸になってくれたら嬉しい」

と言われた。

「俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、

 俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれたらなー」

と言われた。

「俺たちを想って歌とか作られても今は不愉快だから、

 東京も全部流されて、それでも「頑張ろう」って言われたら、

 頑張るよ。その人の歌なら聴く。

 知らないやつに、馬鹿みたいに「頑張って」とか「大丈夫」とか言われると、

 今は正直、消えてほしくなるよ。

 募金は嬉しいよ。で、ボランティアじゃなくて、ビジネスで、仕事として、

 町を復興に来てくれた方が、こっちも気兼ねなく色々頼めて気が楽。

 正直、ボランティアに「ありがとう」とか言うのも苦痛。」

と。




兄と電話で話してから、テレビを見てたら、すごくモヤモヤしてしまって、増田に書きなぐりました。

http://anond.hatelabo.jp/20110407001402 より





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by amedorinewyork | 2011-04-10 05:38 | 3・11東北関東大震災