「これから私が話すことに賛成でも反対でもどちらでもいい。自分はどう思うかをよく考えてほしい。それが大切である」。アメリカ商務省職員が、日本の学生向けに開催した日米関係に関する講義の冒頭の一言だ。

私は暗記をする勉強が大嫌いだった。そのおかげで日本では落ちこぼれの烙印を押されていた。英語を勉強するときも、あえて単語を暗記するのを避けていた。そのため、成績にばらつきがあったのは否めない。単語を暗記するのではなく、一度見たものはストーリーで覚えるように努力をした。そんな私がアメリカの大学で国際政治を勉強していた時、ある決意をした。それは、成績はAを目指すのではなく、あえてBをとるということだ。折角アメリカまできて勉強できる機会を得たのだから、試験の時だけは暗記力で覚え、試験が終わるとすべて忘れてしまうような実際には役に立たない勉強をしたくなかったという理由もある。社会にでてすぐに即戦力になるように、しっかりと色々なことを学んでおきたい。社会人になれば目の前の忙しさに追われ勉強できなくなる。自分で貯めた貴重な学費と時間を無駄には使いたくないという気持ちも強かった。そこで考えたのが、Bをとってもいいから自分の納得する勉強をするというスタンスだ。このような勉強法が社会人になってから大いに役立っている。

例えば日本で歴史を勉強する場合、18XX年に何々が起こったという事柄に対して、どうしても18XX年という年号を一生懸命覚えてしまう。これは少なからず詰め込み教育というものの弊害だろう。アメリカで学んだ時は、自分で理解してそのことを人前で話せるくらいにならなくてはいけないと思っていた。そういう意味では日本のゆとり教育が本来目指していた、自分で考える人間を作るという方針は正しかったのかもしれない。比較的アジア圏の留学生は優秀だったので、留学生仲間がオールAをとっていく中で、私はそこまで優等生ではなかった。しかし試験の前は同級生を前に教科書の内容を教えることができたのだ。クラスメートを集めて試験範囲を講義しているうちにディスカッション能力もついた。教科書以外の物事にも興味を持ち、様々な書物を読みさり、脱線してしまうことがしばしばあった。その結果、教えてあげた同級生はAをとり私はBになることが多かった。成績だけみれば他の留学生より低かったが、内容を理解する努力をしてきたから人にレクチャーができる。卒業後も成績優秀だった留学生たちよりアメリカのビジネス社会では少なからず活躍できている。
見聞きしたままに受け取るのではなく、客観的に、自分なりに分析して理解すれば知識の血肉となる。そういうものは大人になっても覚えているものだ。今思うと、大学時代からそのように考える癖をつけることが実は一番大切なことだった。この講師の話を聞いてそう思い出したのだ。

また局部を理解するのではなく、全体像を俯瞰して学ぶようにしている。局部だけを見るとどうしても内容の理解には至らず、暗記になってしまう。主観的に「心」で考える日本人と、客観的で「頭」で考える欧米人との違いであろうか。日本人は欧米人に比べると論理的に考える力が弱いと言われがちだ。必要となる要素は客観的な情報把握とその分析力。情報の全体像と背景情報を理解することも重要である。主観的な姿勢をとる日本人は欧米人に比べると客観的な状況把握能力が欠けているといわれる。論理思考を身につけることで、さらにコミュニケーション力や問題解決力などの育成になっていくのではないだろうか。

長年のアメリカ生活で知らず知らずに覚えてきたことは、このようないわゆるクリティカルシンキング。AをとることよりもBでもいい。自分で学んだことを他人にストーリーとして話せるようになるのが大切だ。自分で考え理解すること。事象だけを暗記をしても何の役にも立たない。役にたたないような暗記をしてAをとるくらいであれば実学になるBをとる覚悟も必要ではないだろうか。冒頭の講義を聞いて今更ながら実感したことである。
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by amedorinewyork | 2012-12-01 07:29 | ニューヨーカーの条件

日本に帰国した際は大学で講義をしている。私は都立高校を卒業した後、アメリカへ渡って25年が経つ。アメリカの大学では国際関係論を専攻したため授業の大半はディスカッション(議論)だった。ビジネススクールにおいても同様であるのは言うまでもない。

当然のことながら日本の大学でも議論を中心とした授業を行いたいと思った。近頃日本では「ハーバード白熱教室」が話題になったようなので、日本でもアメリカのように議論中心の授業ができると楽しみにしていた。しかし、担当教授に授業方針を相談すると、「無理だからやめた方がいい」と苦笑された。

そうは言っても国際関係論の授業なので、試しにやってみることにした。結果はやはり、なんとか発言をしてもらおうと思っても、ほとんどしてくれなかった。ベンチャービジネス論でも同じことが起こった。ところが授業が終わったらたくさんの生徒たちが個別に質問には来てくれるではないか。なぜ授業中に発言をしてくれないのかと聞くと、「自分だけ発言しているのは格好つけているようで恥ずかしい」、「人前で聞くのが嫌だ」、「空気を乱してはいけない」、「あとで聞けばいい」などという意見が出た。

アメリカでは、学生の頃から議論を前提にした論理的思考を叩き込まれる。例えば、私が大学の英語のクラスでまず教わることは、基本英文を作るときは5つの段落に分かれるということ。1番目は問題提起と自分の立場を明確にする。2段落目から最低3つの自分の立場の理由を挙げる。そして、最後の5段落目で結論をまとめる。このような文章の作り方をEnglish101という英語の初級クラスで徹底的に学んだ。常に自分がYes かNoかの立場を明確にしなければならない。従って、アメリカ人は子供の時から自分の立場を明確にし、それについて議論する習慣がついている。

しかし、アメリカの若者達が常に深い内容の議論を展開しているかといえば、そうとも限らない。授業の中で生徒たちは実にくだらないことを平気で堂々と発言する。それに対して、先生も生徒達も誰も揶揄しない、発言した本人も恥ずかしがらない雰囲気がある。「言ってなんぼ」が美徳化されるアメリカ社会。そういう育ち方をしているアメリカ人に比べて、日本の大学生たちに付け焼刃で議論しろと言っても、無理な話である。

日本は世界的に交渉力が弱いと言われている。今の政治家や官僚たちは日本の教育でのエリートたちだ。議論よりも詰め込み教育。アメリカのように自分で考える論理的思考よりも、暗記中心の教育。本来ゆとり教育は自分で考える力を育むための自由の時間を設けたはずだった。日本でもこれからのグローバル化には交渉力が必要となってくるはずだ。

そもそも日本語は英語のように単純明快な論理的構文になっていない。アメリカに来たばかりの頃は、たとえ英語が分かっても、こちらから話す時に日本語で考えたことをそのまま英訳して言っても伝わらないことが多かった。

先日、都内のインターナショナルスクールに見学に行った。そこでは小学校の低学年から、論理的思考を持つための自分の意見の発表をさせていた。このように日本の教育においても、どこかで議論をすることに慣れる機会があってもいいのではないだろうか。そして英語を学ぶ時は、言葉を理解するツールとしてだけではなく、英語を使っている人々の思考回路や感覚も取り込み、交渉する力にまで踏み込んで欲しいと思う。

初出:月刊「アメリカン★ドリーム」2012年10月号

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板越ジョージ (起業家・ジャーナリスト)
東京・葛飾生まれ。在米25年。高校卒業後、バイク便で留学費
を稼ぎ、単身渡米。サウスカロライナ大学国際政治学部卒業。
在学中にバックパックを背負い世界35カ国を放浪。イスラエル、
ロシア、チェコ、グアテマラにも留学。95年に広告ITASHOAmerica
を創業。7つの会社を経営し、株式公開直前までいったが、9・11の
影響で沈没。多額の借金を背負った。現在は、NYで出版社、
小売・卸店などの会社を営む。米国で起業を目指す人へのコンサル
タントとしても活動中。東京国際アニメフェア実行委員。NPO法人
「JaNet」発起人・相談役。 在NY日本国総領事館海外安全対策
連絡協議会委員。中央大学大学院大学MBA。中央大学政策文化
創業研究所客員研究員。著書に週刊SPA!の3年半の連載をまとめた
「リベンジ人生道場(扶桑社)」や、「グラウンド・ゼロ(扶桑社)」等。
元ジャニーズという異色の経歴を持つ。
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by amedorinewyork | 2012-11-16 01:42 | ニューヨーカーの条件

ニューヨーカーの条件 
第41回 おじさんは優雅な朝を過ごす


最近は、若くてバリバリ働いていた頃とはまた違った時間の過ごし方をするようになった。

まず、朝のアポイントメントを入れないようにしている。それは、午前中の一番頭の冴えている時間をクリエイティブな活動時間にしたいからだ。出勤やアポのために出かけるあわただしい準備の時間に、この頭の一番冴えた時間を使ってはもったいない。若い時分は、夜に一番頭が冴えると豪語していた。よく徹夜で仕事や勉強等をやっていたものだが、今はそれが幻想であったと思うようになった。一日の疲れが溜まっている夜は集中力が落ち、前向きでクリエイティブなことが考えられるはずがない。 夜はストレスもたまり、ついネガティブなことを考えてしまう魔の時間帯なのである。また、社会人になるとそれなりに夜のお付き合いも増える。やはり夜はおいしい食事とともにお酒を楽しく飲みたい。後で仕事があると思っていたら心から楽しむこと等などできやしないのだ。やはり遊ぶときは思いっきり遊びたいのである。

ありきたりの言葉だが、成功者の共通点はこの朝の早起きだと言われている。私の周りの成功者たちも確かに皆、朝は早起きだ。口先だけの成功者ほど夜型が多いような気がする。朝早く起きるには、規則正しい生活が大前提だ。つまり規則正しい生活を送るだけの、自己マネージメントがしっかりしているという証拠になる。やはり成功とは日ごろの努力の積み重ねからなるものであり、自己マネージメントは必須事項なのだろう。
しかし、早起きは習慣になるまでは簡単ではない。私は、日本とアメリカを行ったり来たりの生活をしているので、万年時差ぼけ状態である。それを少しでも正常に戻し、体内時計を整えるために、朝は起きたらすぐにカーテンを開けて日を浴びるようにしている。そして、少し贅沢なコーヒーをいれて甘いものを食べながら、若い頃よく聴いていたロックやヒップホップではなく、ボサノバなど軽快で爽やかな音楽をききながら優雅な時間を過ごすようにしている。この優雅な時間を過ごして一日をはじめるのと、慌しく起きて一日をはじめるのとでは大きな違いがある。

私の特技というのは、朝起きた瞬間にパソコンに向かって仕事ができることなのだ。しかし、なるべく朝のメールチェックはほどほどにおさえて、一番頭を使う創作的な書き物や面倒だと思う仕事をするようにしている。すると、朝6時頃から11時頃まで、朝食をはさんでもゆうに4時間は集中して仕事ができる。おそらく朝の4時間の仕事の質は時間に追われる午後の8時間分の仕事の質に匹敵するだろう。

ちなみに、私はシャワーを、家を出る直前に浴びるようにしている。何故なら私にとってシャワーは、外出モードのオフとオンを切り替えるための習慣だからだ。シャワーを浴びるときは自分を奮い立たせるための力強い曲を聴く。例えば、単純な私の脳を気持ちよく奮い立たせるテーマソングは『パーレーツ・オブ・カリビアン』のあのジャンジャジャンジャというテーマソングである。そしてシャワーを浴びながら、今日一日何をやるのかを考える。考えがまとまるまではシャワーを浴び続けているのだ。だいたい自分で選曲してつくったCDの4曲目に到達する頃、よそ行きの顔と脳に変貌しているのだ。

お昼は人とランチをするようにしている。そのランチも慌しく取るのではなく、2時間くらいゆっくりと、お会いした方と心ゆくまで会話を楽しみたい。初めの30分はご挨拶や近況報告、その後の30分で本題を話す。そして1時間もたつとすっかり溶け込んで多岐にわたっての会話を楽しむことができる。お相手が会社経営者であろうと学生さんであろうとも、その人の人となりや趣向がわかってきて面白い。

ランチを済ましてから、しばらくオフィスで仕事をする。しかし5時になると疲れてくる。そんな場合は、スポーツジムに行き汗を流してゆっくりサウナとシャワーを浴びる。そして7時からの夜の会食に向かう。夜は仕事のこと等はすっかり忘れるようにして、楽しむようにしている。私の尊敬する千住博画伯はよく「飲むなら描くな、描くなら飲むな」と、交通格言のようなことを言っているのを思い出す。千住画伯も多忙の中、創作時間を持つために早朝にアトリエに向かい、描けても描けなくてもてもキャンパスに向かうといっている。

しかしストレスが溜まっている時や、気分がさえない時は、どうしても朝の早起きができなくなる。そんな時は、夜のうちから次の朝にその気分を引きずらないように心がける。夜は気になることは決して考えない。朝にはスッキリと起きられるような努力もしている。夜10時半以降は固形物を体にいれないようにし、夜熟睡しやすい体を目指している。また、夜寝る前に余計な力を残してしまうと、テレビやネットサーフィンなどをしてつい夜更かししてしまう。そうであれば、お酒等を飲んでとっと酔っ払って寝るようにしている。創作時間(考える時間)は朝、働くのは午後、夕方の運動、社交(コミュニケーション)の夜としている。

昔の人がいうように早起きは三文の徳である。朝は疲れがとれ、頭も体もスッキリしている。朝一人で静かに考える時間がとれるのだ。私は会社経営者ではあるが、午前中にはアポはいれない。会社にも行かない。周囲がまだ起きる前の静かな時間は集中して何かをするには、もってこいの時間なのだ。

はじめは努力で朝型にするのかもしれないが、それが習慣つくようになると、どうしても朝の時間でないとできないことがわかってくる。この朝の努力の積み重ねが成功につながるのかもしれない。

初出:月刊アメリカン★ドリーム 2011年7月号

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by amedorinewyork | 2011-07-28 00:00 | ニューヨーカーの条件

ニューヨーカーの条件 40回
選ばれる立場か、選ぶ立場か


私の知人に有名な演出家がいる。彼はよく言っていた。
学校では成績が悪く、進学したい学校に行けなかった。

就職しようとしてもいいところに就けない。
そして彼はどうしても人には選ばれないようなので、
選ぶ立場の人間になろうと思ったという。

確かに私も日本の大学受験は思うようにいかなかった。
当時の日本はというと、いい大学に行き、その結果いい大企業に就職するという図式しか無く、
そうでもなければ出世の道など考えられない。
ましてや、ベンチャーで成功するなんて夢にも思わなかった。

当時の私は他の人々と同様、受験勉強を一生懸命悔いなくやった。
それなのに希望校に落ちてしまった。その時私は何故かショックというより、
日本の社会には自分は選んでもらえず、縁がないものかという風に思った。
そして妙に落ち着いていた。いつか日本が自分を必要とするまでは海外で成功してやると思い、
アメリカ留学を決意したのだ。

この決意の背景には、私が中学一年から高校にあがるまでジャニーズ事務所に
所属していたという経験が大きく影響している。

当時、ジャニーズ・ジュニアといえば二〇名ほどの少人数で仲間が順番でアイドルになっていった。
私も中学三年間、テレビやドラマなどに出演をした。
それは一種独特な非日常が繰り広げられる世界だった。
一度この世界を知ってしまうと、二度と忘れることはできない。

ジュニアの子たちは誰もが皆、マッチやトシちゃんに憧れ、
派手な衣装を着て舞台に立つことを夢見ていた。

しかし不思議なことに、私の興味はどちらかというとジャニーズ事務所の社長である
ジャニーさんの存在そのものだった。

レッスンが終わるとジャニーさんのピカピカの黒塗りの大きなベンツに、少年隊や、
他のジュニア達と乗り込み、原宿のジャニーさんの自宅兼合宿所に行く。

初めて見る原宿の高級マンションはアメリカを感じさせるインテリア。

中には田原俊彦、近藤真彦、川崎真世が住んでいる。広々としたリビングルームには
見たこともない大きなテレビと、オーディオセットがあった。

バスルームは私の家の居間ぐらいの広さがあり、そこにはジャグジー、アメリカ製の
シャンプーや石鹸があった。

彼の生活、彼のステータス、そして存在感を思い知らされた。
ジャニーさんはロサンゼルス生まれの日系二世であるため、
彼のアメリカナイズされた暮らしはカルチャーショックだった。

頂点を極めた人の生活を垣間見てしまったことと、海外に対する強い興味が芽生えた。
高級感あふれる広々とした空間、嗅いだこともないシャンプーの独特の匂いは今でも
私の脳裏に焼きついている。

「天下を取るとはこういうことか」という思いが漠然と芽生え始めた頃だった。

高校受験が近づいてきた頃、少年隊のデビューが決まった。
これは次のデビューは私達の番だということを暗に意味している。
私の周りはにわかに色めきたった。

しかし何故か私の中で冷めた部分があった。
当時の私は自分の置かれた境遇を妙に客観的に分析していた。
そして気がついたのは、ジュニア時代は過保護なほど可愛がられるのだが、
デビューすると一転して使われる身分になるということ。

アイドルと言っても所詮は使われる身分。時代が終われば使い捨てられる。
それだったら自分はしっかり勉強して、ジャニーさんのように使う側になろうと。
こう考えた私は事務所をやめることを考え始めた。

そもそも自分はアイドルになりたくて入ったわけではなかったため、
この中学校の三年間十分芸能生活を味わったと感じていた。

また、人を蹴落としても、自分が出る。そんな世界に嫌気がさしていたのもあるが、
なにより一番は選ぶ立場か選ばれる立場かを、少年ながらに意識してしまったからだ。

今思うとこれが私の成功志向の始まりだったのか。
元々家庭が貧乏だったこともあり、それとは恐ろしいほどに鮮やかなコントラストを見せる
ジャニーズの世界が、私を何か大きなことをやってやりたい、成功者、勝ち組になりたい
という強い思いに駆り立てることとなった。

中学時代は芸能生活が忙しく、ろくすっぽ勉強をしていなかった。
このままでは世間を知らない教養の無い人間になってしまうという焦りが高校受験を決意させた。

私はとりあえず三か月間ジャニーズを休み、死に物狂いで勉強をした。
その結果希望の高校に受かったのだ。

その後一度は芸能生活を再開したが、すっかりこの世界への興味は薄れてしまい、
高校入学後しばらくしてジャニーズをやめることとなった。

テレビでは自分の同期が光GENJIとして華々しくデビューしていた。
辞めた私は悔しさを禁じえなかったが、その反面、将来彼らを超えてやるという成功志向的な
強い野望を抱いた。

この頃私が子供ながらに考えていたことは、たった一人の人間の意向で人の人生が
大きく左右されるという残酷さ。

ジャニーズ事務所で言えば、ジャニーさんの決定でデビューするもしないも決まってしまう。
それは誰も教えてくれないがとてもリアルな社会の縮図だった。
私は人に左右される側ではなく、する側になりたかった。

若い時はどうしても、すべては誰かに環境を支配され、自分で何かを決めたくても
否応なしに決められてしまう存在である。

自由とは何かと考えたとき、やはり人に選ばれる立場よりも自分で選択した道を歩みたい。

私は自分で決めた生き方をしたい。そのために起業もした。
そんな折に知人の演出家の言葉を聞き、自分と同じように考えて生きてきた人が
居ることに勇気づけられた。

自分を見つめなおすということにおいては、ニューヨーク生活はここちよい。
人に左右されずに常に自分の立ち位置を感じながら生きていける。
ここでは他人に干渉されることはない。

リスクさえ恐れなければできる。自分で選んだ道であれば後悔もないはずだ。
また、自分で選んだ道だから、そのことを大切にでき、余裕をもってことにあたれるだろう。

初出:月刊「アメリカン★ドリーム」2011年3月号
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by amedorinewyork | 2011-03-09 14:18 | ニューヨーカーの条件

ニューヨークを表現する言葉に「人種の坩堝」という表現があるが、周知のとおりニューヨークには世界各国から来た多くの人種が集まっている。人口の約四割はアメリカ以外の出身。出身国は約一七〇、使用される言語は一二〇にものぼるといわれている。

最近は「サラダボウル」という表現が好まれているらしい。その理由としては、これは様々な人種が混在するという意味もあるが、一方で混在しつつも、溶け合うことなくそれぞれが自分たちの文化や個性を保ちつつ生きているということも表現しているからだ。

つまり、サラダボウルの中では、トマト、レタス、ブロッコリーなどが混ざり合うが、決して溶け合うことは無い。このイメージが、ニューヨークを表現するにはぴったりだという訳だ。

その証拠にニューヨークでは人種、それぞれの出身国によって住む地域がはっきりと分かれている。その境界線は恐ろしいほど顕著で、あの駅で降りるとインド人ばかりとか、あのストリートから向こうはプエルトリコ人、こっちはギリシャ人などと、日本人などが何も知らずにふらふらしていると変な目で見られたりもする。そしてそれぞれが、自分たちの風習、生活習慣を頑なに守って暮らしている。

各民族のコミュニティーは、それぞれの特技を生かして発達してきた。

・韓国人移民は英語が苦手だった。そのため、英語で説明しなくても新鮮なものを目で見て売れる八百屋/デリ(いわゆるコンビニ)を始めたことで成功を収めた。今では、マンハッタンの大半のデリは韓国人経営である。また手先の器用さを生かしてクリーニング屋やネイルサロンを経営している。

・中国人は中華レストランと漢方や東洋医学を生かしたマッサージ店。

・インド人はタクシードライバーで有名だが、意外と知られてないのがホテル(モーテル)やドーナッツ屋(ダンキンドーナッツ)、サンドイッチ屋(サブウェイ)などの全国展開しているフランチャイズのオーナーが多い。

・メキシコ人などのラテンアメリカ系の人々は、レストランのバスボーイ(皿洗い)やキッチン(調理補助)。彼らがいなくてはアメリカの台所は動かないといっても過言ではない。安い賃金で働いてくれている。

・ロシア人はサウナ経営や、肉体に自信があるのか土木工事や引越屋を請け負っている。

・その他、アイルランド人のバー経営やギリシャ人のダイナー経営等など。

では日本人はどうだろうか。

現在、ニューヨーク近郊には日本人は十万人程住んでいると言われている。世界で最大の邦人数を誇るが、ニューヨークにはロサンゼルスやサンフランシスコにあるようなリトルトーキョーなどの日本人街がない。

それはなぜか。

実はニューヨークへの日本人の移民の歴史は、他の民族に比べて浅いのだ。また、日本人にとってニューヨークは元々移住の地ではなく駐在員の街であったためか、土着したジャパンタウン的なものが成立していない。

しいて言えば、アメリカ人に浸透しているのは、日本食レストランと美容院だろうか。だが、日本は家電や車などのメーカー産業が売りになっているため、ニューヨークよりは広大な土地が余っている地方に偏りがちになってしまう。

しかし今、アメリカでは日本人パワーがかつてない勢いを持ち始めた。「日本食」や「アニメ」、「ゲーム」などの日本ブームで盛りあがっている。

そしてニューヨークには、以前と違って日系人でもなく駐在員でもない、私のように新しいタイプの長期滞在の日本人が多く在住し、日本食レストラン以外にも、ユニクロなどの洋服屋、無印良品などの小物屋などの小売店も増えてきている。

将来はニューヨークでの「ジャパンタウン」創出を願いたい。

ニューヨークとはこのように様々な文化が混在する街。長い歴史があり、一つの民族、一つの文化よりも、これらの多様で少し頑固な民族文化たちが織りなす、他に類を見ない独特のパワーがニューヨークの力の源泉ともいえるだろう。

日本に住む日本人がニューヨークに抱くイメージは、アメリカ人とアメリカの文化の中心地、スタイリッシュでスマートな白人に、ヒップホップやレゲェのうまいソウルフルな黒人たちと単純に考えがちだが、実は前述したような多様な文化の玉石混合。そのため、言ってみればアメリカで一番アメリカらしくない場所かもしれない。

「ニューヨークはアメリカじゃない。ニューヨークという国だ」とよく言われるのはこのためだ。だから、ニューヨークの事を語るとなると、必然的にアメリカ人以外の話題が沢山浮かんで来てしまう。矛盾しているようだがそれがニューヨークらしさでもあるのだ。

初出:月刊「アメリカン★ドリーム」2011年2月号
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by amedorinewyork | 2011-02-01 02:42 | ニューヨーカーの条件

久しぶりに興奮した映画がある。世界最大SNSサイト“フェイスブック”
が題材になった映画「The Social Network」だ。

創業当時のフェイスブックを作り上げた男たちの物語をハーバード
大学とシリコンバレーを舞台にしたもの。

副題は”You don't get to 500 million friends without making a few enemies”
(5億人の友達を作るには多少の敵もやむをえない)となっている。

この副題のとおり、主人公のフェイスブック創始者マーク・ザッカーバーグ氏
は実にたくさんの敵を作っている。

彼は2010年に「世界で最も若い10人の億万長者」の第1位に25歳で最年少ランクインした。
推定総資産額は約40億ドルというとんでもない人物となった。
このような大事をなすには、やはり敵はつきものなのだろうか。

嫉妬と言えば女性のそれを思い起こすかもしれないが、
実は男の嫉妬ほど怖いものはない。

ザッカーバーグ氏ほど大きなことを成し遂げた訳でなくとも、社会
に出て働いている男性であればいくつか思い当たる節はあるだろう。

思い起こせば、私もたくさんの嫌な思いをしてきた。中学時代、
テレビに出たりして少し目立っていたせいか、何も悪いことをして
いないのに、靴を隠されたり、突然喧嘩を挑まれたりした。

また、26歳で起業した際にもたくさんの根の葉もない噂を立てたれた。

インターネット時代になると、掲示板などにしつこく悪口を書かれた。

こういう場合は無視を決め込み、じっと黙って耐えるしかない。
それが原因で人間不信や、鬱気味になることさえあった。

しかし最近になって分かってきたのは、こういった悪口や噂を流す
のは意外にも近くにいる人物だということだ。
はじめはどこのどいつか分からない輩が、何かがきっかけで自分に
深い恨みを持っているのだという恐怖感があった。

しかしネットに書き込んだり、根も葉もない噂を流すことで攻撃
をしてくる相手とは、蓋を開けてみれば意外にも近くで自分にいい顔
をしてすり寄ってくるようなタイプの人間が多い。

これが分かってから私は噂や悪口を聞いてもそれほど気に
かけないようにした。

何故なら自分が誰かに不適切なことをして恨みを持たれたのではなく、
完全なる男の嫉妬からこういうものが生まれるという仕組みが見えたからだ。

「火のない所に煙は立たない」は私の嫌いな言葉である。
火のない所にも煙は立つ。そこが男の嫉妬の怖さだ。

世の中はプラスとマイナスの力が働く。上手くいけば、かならず
それを面白くないと思う輩はどの時代にもいる。
確かに私は若いとき生意気だった。

暗殺されるくらい愛され憎まれてもいいと思っていた。
深く付き合ってくれる、心に余裕のある人には理解してもらえるの
だが、態度や物腰だけで反感を持つ人もいるだろう。

最近は少し大人になり、できれば敵は作りたくないと思うようになった。

誤解を受けたくないし、人見知りのところもあるので、初対面の人
とはあまり言葉を交わさないようにしている。
しかしそれをまた面白くないと思う人も居たりする。

とどのつまりは何かをやる場合にはやはり敵を作らざるを得
ないということなのだろうか。

アメリカ人は人に対して無関心なところがあるからか、日本人ほど
嫉妬心が強くないように感じる。40代でも大統領になれるのは
その為だろう。ケネディは暗殺されたが。

一方で日本は60代にならないと首相になれない。
これは日本人の嫉妬心が強いせいだと睨んでいる。

いくら優秀でも30、40代で出世するのは難しいのだろう。

日本人も少し嫉妬をコントロールできるようになれば、
また新たな可能性が広がるのかもしれない。


初出:月刊 「アメリカン★ドリーム」 2011年1月号

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by amedorinewyork | 2011-01-04 03:48 | ニューヨーカーの条件

ニューヨーカーの条件 第37回 
独身女性が住みやすいニューヨーク‏


ニューヨークと言えば、映画「セックス・アンド・ザ・シティ」の四〇代のいわゆるアラフォー女性四人の映画の舞台になった街。この映画は一九九八年にアメリカのHBOケーブルテレビ局のシリーズ番組として始まった。当時はその奇抜なタイトルで注目され、街のあちこちに大きな看板があったのを覚えている。日本でも話題になったようだが、放映当初はメインの女優は四人ともアラサー(三〇代)であった。ストーリーもアラサーの自由気ままなニューヨーカーの恋愛模様を描いていた。しかし、長く放映されているうちに女優達も高齢化。四〇代になってよりシリアスに結婚をテーマとする方向に変ってきた。そして今回の映画化に至ったのだ。

ニューヨークで暮らす成人女性のうち六〇パーセント以上は独身。1990年の調査から比較すると、現在では独身の割合が三〇パーセントも増えているという現状。理由は、女性が男性よりも高いキャリアを求めて、結婚相手を見つけるよりも学校に通うなど自分のキャリアを高めるために多くの時間を費やしているからだ。そして、もし結婚願望があったとしても、理想の男性が見つからないというのが実情。

ニューヨークに住む日本人を見てもそうだ。駐在員や学生を除き、ニューヨークに住みついてキャリアを持っているのは三〇、四〇代の女性が多い。彼女達は、日本で以前流行ったいわゆる「負け犬」と呼ばれる高学歴、高収入の未婚女性。ニューヨークにいる日本人で女性が多いのは、女性の方が男性と比べて海外での適応能力もあり、仕事や家に対して責任がある男性と比べて、比較的海外へ行きやすい立場にもあるからだろう。また、ある程度年齢がいくと独身でいづらくなる日本の社会環境よりも、アメリカの方が女性にとって活躍しやすい場所なのかもしれない。

しかし、ニューヨークは独身男性よりも独身女性の方が多いといわれているので容易に条件のよいニューヨーカー男性独身とあうのは難しい。昨今、「就活」ならず「婚活」をニューヨークでする日本人女性が増えていると聞く。しかし、ニューヨークの独身男性は、自由な環境を求める男性が多く、私の身近な周りを見ても、まともな独身男性はほとんど見当たらない。またいわゆるイケメン男性はゲイであることが多かったりもする。そして独身男性はと言うと結婚願望がほとんどなく、自分のキャリアや人生を楽しんでいる人ばかり。何故、縛られる結婚をしなくてはいけないのかと思っている傾向がある。こうなってくると必然的に女性の選択肢は狭まる。各々自分の価値観を大事にし、選択して歩んでいくニューヨーカーの人生を象徴する現象かもしれない。

「セックス・アンド・ザ・シティ」のように、ニューヨークでは独身女性が活躍する場がある。だからニューヨーカーは独身女性が多いのだろう。独身が多いから、女性もなんとなく安心してキャリアを積める環境がある。年齢制限もないから、好きなだけ仕事ができる。夢をあきらめる必要がないのだ。

(初出 月刊「アメリカン★ドリーム」2010年12月号)


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by amedorinewyork | 2010-12-15 11:37 | ニューヨーカーの条件

ニューヨーカーの条件 
第36回 ニューヨーカーが喜ぶもの


友人のニューヨーカーにあげて喜ばれるもの。それは日本の飴だ。

「日本の飴って大好き。だってパッケージがイチゴだったら本当にイチゴの味がするんだもん!」

と嬉しそうに飴をほおばりながら言われたことがある。
これはアメリカに住んでいる者ならよく分かる。

アメリカのキャンディーは概して甘いだけで、オレンジやイチゴ味と書かれていても殆どわけの
分からない人口甘味料の味がするだけ。甘酸っぱいフルーティーさは全く期待できない。

飴とはそんな程度のものだと思っているニューヨーカーたちは、日本の飴をもらって、
その味の精巧さに驚くのだ。そして日本のお菓子ファンになってしまう。

ニューヨーカーたちは「ポッキー」や「グミ」も大好きだ。
ポッキーマニアの友人に数年前に日本で流行った「デコレーションポッキー」の話をしてあげた時、
食い入るように聞き入っていた。

日本のクッキーがとても好きで、お土産にもらったクッキー缶から大事に一日一枚ずつ食べていると、
おばさんが熱く語ってくれたこともある。

味にも敏感なニューヨーカーはぞくぞくと日本の美味しいものを発掘している。

実は私のビジネスが成り立っている一端には、こうしたニューヨーカー達のひそかな熱い
日本ブームがある。

私はイーストビレッジで雑貨屋を営んでいた。扱っていたのは日本の、「リラックマ」や「たれパンダ」など
で有名なサンエックスのキャラクター商品や日本の雑貨や文房具だ。

実はニューヨーカーの中にはこういった日本の「かわいい物」が好きな人々が増えている。

「『アフロ犬』のぬいぐるみまだありますか?」とか、「僕『こげパン』集めているんです」というような
かなりのマニアも居る。

すこし前に「キティちゃん」がアメリカで流行っているという事が日本で話題になっていたが、
今はそれがさらに進化を遂げているのだ。

例えばペンひとつとってみても、アメリカでは大半が「ペーパーメイト」という商品名のアナログな
ボールペンを使っている。あの、書く前にゴロゴロと試書きしてみないとインクが出るかでないか
分からない代物だ。

だからニューヨーカーは我々が使っているゲルインクだの、0.5㎜の極細ボールペンなどを使って
みるとそのなめらかで、ムラのない書き味に感動する。

中にはわざわざ数少ない日系の書店まで行って手に入れるという人もいる。
日本にいるとたった百円ぐらいの誰でも持っているペンが、こちらでは驚きの品となる。

アメリカの物の独特の格好よさやセンスの良さはある。しかし、日本のキャラクター物のぬいぐるみ
や文房具、洋服に見られるような「かわいさ」や、かゆいところに手が届くような工夫や繊細さがこちら
には無い。

ぬいぐるみなどは目が恐かったり、妙にリアルだったり、手触りが粗いものが多い。
そもそも、そういうものに対して、日本ほど試行錯誤してキャラクターを作り上げたり、
細部や素材にこだわったりする概念がないのだろう。

そのような物に囲まれて育ってきたニューヨークの若者が、日本の「かわいさ」や使い勝手の
よい質の高さに気がついた。最近地下鉄などに乗っていても、若いニューヨーカーの会話の
中で「ジャパニーズ…が、」というフレーズを耳にすることも多い。

このように日本の独特のかわいさが評判となり、日本語の「かわいい」という言葉を知って
いる人も多い。

一昔前の「スシ、サムライ、富士ヤマ、芸者」の時代とは随分変ってきた。つまりニューヨーカー達
の日本に対する興味は、エキゾチックで目新しい東洋に対する野次馬的な好奇心ではなくなって
きたということだ。

むしろ日本人が作るものの細やかさ、品質の高さ、素材の良さ、ストイックな「かわいさ」に
対する追求とセンスに気がつき始めた。

このようなごく自然な親日家のニューヨーカーが増えてきたことを、とても嬉しく思う今日この頃だ。

初出:月刊アメリカン★ドリーム2010年11月号


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by amedorinewyork | 2010-10-26 14:29 | ニューヨーカーの条件

グローバル人材とは

私が渡米した20数年前、グローバル人材といえば欧米諸国であったが、
今は中国・アジア進出を含めるものとなった。果たしてグローバル人材とは何かを考えることがある。

ある日本の大手製造会社では、グローバル化を目標として社員全員にTOEICを450点取得させると聞いた。450点という設定も中途半端であるが、そもそも英語教育するだけでは決して現場では勝てない。

何故なら、国際戦略に長けたマネージメント能力こそが本来必要だからだ。日本企業は、海外ではすぐに
英語を使える現地の日本人を採用する傾向がある。日本人の目には、英語が話せるだけで、その人がまるで万能であるかのようにうつるようだ。

しかし、そもそもスキルやマネージメント能力がない者は使い物にならない。多くの日本の企業は、
ちょっとした知り合いのつてをたどって、とにかく英語を話せる現地の日本人を頼ってしまう。
そのために現地の経営はずさんになり、本社はそれに全く気がついていないという例をいくつも目の
当たりにしてきた。

ある大手小売販売店では、ニューヨークに進出する際、人づての知り合いで英語が話せるというだけで、
ビジネスに関してはずぶの素人を現地法人の代表者にしてしまった。
不動産の契約、施工者との折衝などちぐはぐな契約ばかりしていた。

しかし、アメリカの状況を知らない本社には、都合のいい報告ばかりし、自分の能力不足を隠している。
英語が話せることと、仕事ができることは別物なのだ。英語が話せることを最優先させるのではなく、
一部の優秀な社員に英才教育させたほうがいい。
グローバル感覚を持たない人が戦略を立てても上手に行くはずがない。

海外で人を雇うにあたって大切なのは、実は英語ではなく、「採用」、「評価」、「解雇」がしっかりできるか
どうかという点にある。「採用」には、その基準になるジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が大切である。

従業員の年齢、性別、勤続年数、国籍などの属人的要素ではなく、あくまでも職務追行能力を基準にした人事評価と処遇を行う必要性がある。職務をベースにした人事制度を構築するために必要な第一歩は、
各ポジションの職務内容、職務能力や責任範囲を明確にすることだ。

日本や韓国以外の先進国はこれを導入している。従業員に対して業務の評価を行うにはそれなりの会社
の覚悟が必要であろう。それを実行するだけの管理職の教育も必要になる。会社の成長の鍵は、わかり
やすい評価制度と、それを動かす管理職のマネージメント能力に関わってくるのだ。

ベンチャーを立ち上げればこれらは自然に身につくが、大企業にいる日本人はなかなかそれを実感する
チャンスがない。それとは対照的に、アメリカはこれを企業が叩き込むので、大企業卒でもベンチャー資質
があると私は感じている。

また、「評価」において大切なのは確固とした基準を設けること。結局のところ経営者と社員との関係の基本は給料である。これはアメリカで会社を経営していて身にしみて感じる。会社に愛情があっても、給料基準がしっかりしていないと、社員はやる気をなくす。

例えば、某大手製造小売会社のアメリカ支店の社長は、社員としてアメリカ人と日本人の両方を採用して
いる。昇給の際にアメリカ人は当然のように社長に不満をぶつけ、賃上げを要求してくる。

かたや日本人社員はそういうことは遠慮して黙ってしまう。あまり英語が得意ではない社長は、アメリカ人の交渉に恐れをなし、うるさい人物には大幅な昇給をし、彼らより真面目に大量の仕事をこなしているおとなしい日本人社員の昇給率は昨年よりも下げてしまった。

そのような状況はそれまでアメリカ支店立ち上げに情熱を燃やし、身を粉にして働いてきた社員達のモチベーションを一気に下げた。この社長は中国などでも支店を立ち上げてきた海外立ち上げ社長として知られている人物であるが、その人物でさえこの有様だ。アメリカ人からは舐められ、日本人からは失望されている。

しかし、日本人は優秀なので、しっかりと意識し、学習さえすれば現地の状況に即した評価基準を構える
ことができるはずである。

アメリカは80年代の大リストラを経験したことから、大企業に頼れない、年功序列ではいけないという意識が定着したといわれている。そこで生まれたのがベンチャーを育てる気風。アメリカのビジネス界においては、
この金額でこのプロジェクトをやって欲しいという賃金とタスクとの関係が明確にされた。それに法律が伴い、企業と個人のサバイバルが始まっていった。これは昨今、アメリカだけに限らず、どこの先進国でも起こっている現象だ。海外に進出しようとする企業はこの感覚を身につける必要がある。

今まで日本は1.3億人の市場でそれなりの規模感で自国だけのマーケットで食べていくことができた。
しかし、少子高齢化が進むにつれて、日本だけのマーケットで食べていくのは難しくなってきている。
そのような状況下、ユニクロや楽天が全会議を英語化すると発表した。また、新卒社員の8割は海外から採用すると聞く。これらの現象は、今後の日本のグローバル化に対してよい起爆剤になるだろう。世界から見れば日本はたった2%のマーケットであり、世界を相手にすると残り98%の市場にリーチできるのだ。

では、冒頭に挙げたTOEIC450点の会社のグローバル化の意識と、これらの会社とはどう違うのか。
それは、最前線に立って指揮しているトップの資質が深く関係していると思う。
グローバル化=英語という単純な発想しかできない昔ながらの日本人気質の経営者に対して、
後者はトップが国際的な感覚を身につけ、それを核としたリーダーシップをとっている。
英語がうまく話せなくてもいい。最低限の英語力と、世界に通用するマネージメント能力とリーダーシップが
何よりも大切だ。そしてやはり最後は熱意でまくしたてよう。


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by amedorinewyork | 2010-10-04 22:12 | ニューヨーカーの条件

ニューヨーカーの条件 33回 
片付けられない日本人


ニューヨーカーのデスクは驚くほど綺麗に保たれている。
一人一人のデスクの上には基本的にはパソコンぐらいしかのっていない。
日本のように書類が山済みになったオフィスは見たことが無い。

面白いエピソードがある。
私の友人の働く会社は、従業員が日本人とアメリカ人の半々。
そこにはアメリカ人と日本人の社長がそれぞれ居た。

日本人社長のデスクはいつも書類の山と郵便物であふれかえり、床まで物が積み重ねられていた。

ある日、その日本人社長がバタバタと日本へ出張に出かけた。その後、アメリカ人社長が私の友人の所へ来て「申し訳ないが、手が空いていたら彼女(日本人社長)のデスク周りを片付けてやってくれないか」と頼んできたという。アメリカでは他人のデスクを触ることなどあまりしないはずなのだが、彼にとっては我慢の限界の散らかりようだった。

彼女のデスクには山のように郵便物が堆積した。必要なのか不必要なのか分からない書類やチラシの山。
その間にポロポロと名刺が落ちている。物があふれているのはデスクの上だけではない。椅子の周りの床にはCDやDVDが転がっている。後ろの棚には誰かからもらった贈り物やお菓子の箱が積み重ねてあり、そこに入りきらない物が崩れ落ち、床のCDたちと混ざりあう始末。それらを拾ってみると、その下には埃やごみが溜まっていた。机の真ん中のかろうじて空いているスペースに彼女は毎朝やってきてパソコンを開きガツガツと仕事をしている。

自分の環境や仕事がマネージメントできていないせいか、いつもイライラして周囲に当り散らすタイプの社長だ。

一方アメリカ人社長の机は驚くほど綺麗だ。彼の机の上に置かれているパソコン以外は、近所のカフェでいつも買ってくるコーヒーのカップと洒落たマウスパッド。パソコンの待ち受け画面もハイセンスな画像。
たまに面白い画像に変えたりして社員に見せ談笑する余裕を見せる。窓際にはガラス製のさりげない置物がおいてあり、いくつかのメモがカラフルなポストイットで貼ってある。それらは終った順にはがされて捨てられる。

郵便物も日本人の社長に負けないぐらい大量に毎日届くが、机の上に溜まることはない。彼はいらなくなったCDやDVD、ダイレクトメールで届いたサンプルやカタログは、オフィスのある階のエレベーターホールに置かれた小さな飾り棚に置いておく。すると社員や、他のオフィスの人も通りすがりに興味を持つともらって行ってくれるのだ。
「捨てるにはもったいないものを処分するのはこれが一番さ」とニコニコしながら社員に語っている。
私の友人も、フェラガモのネクタイの柄が印刷されたサンプル冊子をもらったと言う。美しい様々な柄の紙なので、切り取ってメッセージカードにしたりできると嬉しそうだった。

この二人の社長の所有しているスペースはほぼ同じ広さ。仕事量もそんなに変らないだろう。
しかしこの歴然とした差はなんだろうか。

日本でも、「仕事のできる人はデスク周りがきれい」などとビジネス書などで叫ばれているが、それは言うまでもない常識。仕事ができようとできまいと、デスクは綺麗にするものなのだ。

また、あるNYのレストランオーナーが言っていた。
「そのお店が本当に成功しているかどうか」は、トイレをみればわかると。

そのオーナーの店のトイレは、寝泊りができるほどきれいに従業員に徹底して掃除させている。
繁盛しているのも納得だ。

NYでは自分の空間をおろそかにしていると、その人間や仕事に対する評価につながることさえある。
これはとても良い感覚だと私は思う。
忙しく、書類や物が大量にやってくるデスクをきれいに保つ事はある程度意識して心がけていなければできないことだ。

しかしニューヨーカーはその大切さを知って、意識的に実行している。
それが一緒に働く人間同士の良いコミュニケーションにもつながっている。

今の暮らしの中で、ほんの少しでもこういう方向に意識を働かせるのは決して無駄なことではない。
心にほんの少し余裕を持って快適に生活をし、良い環境を作り上げる事によって、仕事もより効率よくこなすことができるはずだ。

初出:月刊アメ★ドリ 8月号2010年


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by amedorinewyork | 2010-09-18 22:18 | ニューヨーカーの条件